教室長プロフィール

profie-yonemori

プロフィール

塾長 米森 真一

・生年月日1963年(昭和38年)7月11日生まれ カニ座
・血液型:A型
・出身地:長崎県佐世保市下京町出身
・出身大学:防衛大学校卒業
・資格等:ヘルスコーチジャパン認定メンタルコーチ、ヘルスコーチ、調理師、第1種衛生管理者、4級小型船舶
・座右の銘:君子欺くべし(人を疑う人間は小物である大物はすぐに騙されるくらい人をすぐに信用するものである)
・好きな経営者:出光佐三、小倉昌男
・趣味:マラソン(一昨年ホノルルマラソンを4時間6分で完走しました)、家庭菜園(ブルーベリー、さくらんぼ、キンカン、ブドウ、レモンを植えていますが収穫はあまりできていません)、登山(近くの山に時々登っています)、コミュニケーションを学ぶこと

講師採用2次試験の際の自己紹介動画です(^^)/

小学校時代

実家は元警察署長だった祖父が創業した金物屋を祖父祖母父と母が家族で営んでいました。
母の口癖は、「あんたのなまえは真実一路のように真っ直ぐに育って欲しいと思ってつけたんよ」で、その言葉通りに周りの方々から誠実な人柄だと言われることにとても感謝しているとともに、もっと要領よく生きることが出来ないかと悩む日々です。

両親が仕事で忙しく、おじいちゃんっ子で自由に育てられたからか、幼稚園のころから落ち着きがなく、学芸会の写真も全員が前を向いて手を上にあげているのに、一人だけ横を向いて手を横に開いている写真ばかりで、見るのがとても恥ずかしいです。

小学校の低学年の頃にはそれがさらにエスカレートして、今で言う多動性の気質が顕著に出始めました。とにかくジッとしきれない性格だったので、担任の先生から背が一番低いわけでもないのに常に一番前に並ばされ、授業中も机の両端にロープで輪っかを作りその中に両手を入れさせられるという、今では考えられない指導を受けるありさまでした。

こんな経験もあって、勉強できない生徒や周りから手間のかかる子供と言われている子供に対して、放っておけない気持ちが湧いてくるのだと思っています。当然、その当時は勉強も得意なわけではなく虫採りや釣りに熱中していました。

小学校5年生の時にちょっとした転機が訪れます。担任の末武先生は釣りキチの先生で話がとてもよく合いとても可愛がられていました。その先生から算数と理科の頑張りを褒められ、そのころから算数と理科だけは得意になっていきました。

案外褒められると頑張るタイプのようで、人を褒めるのも大好きです。コミュニケーションを学んでいるのもこんなことが影響しているように思います。

中学校時代

中学時代は、バスケ部に入りましたが監督のえこひいきが許せずにサボって釣りばかりしていましたが、田添コーチというフェアな指導者が来てからは休まずに練習に通いました。しかし、時すでに遅しで、ずーっと補欠の交代要員でした

このころから依怙贔屓や不公平に関しての抵抗が根強く残っていました。一人一人とフェアに接する個別指導に興味を持ったのもこの頃に培われたものだと感じています。なので、成績優秀者に特典をつけたり、優遇したりする行為に関しては、私にはとても受け入れることができません。

高校時代

yonemori01

高校時代は、中学での反省を生かし絶対に部活を休まないと誓いを立てラグビー部の練習を一日も休みませんでした。そのようなこともあり高校では県北で優勝するという結果に恵まれ、家庭環境が裕福ではなかったことも相まって、大学でもラグビーをするために防衛大学校に進学しました。

大学時代

yonemori02
公務員は将来が安定していることと、ラグビーを続けたいとの理由だけで防衛大学校に進学した私には、この縦社会はとても苦しいものでした。ラグビーだけが生きがいとなった私はラグビーだけに熱中していきました。ラグビーでは1年で初めて公式戦に出場のチャンスをいただき公式戦に挑んだのですが、なんとその試合で網膜剥離という大けがをしてしまいました。

ラグビーという唯一のやりがいを失った私は、やる気の無い怠惰な道を歩み始めました。米森なのにイネムリと呼ばれたり国損野郎と教官に言われたりしながらいつ辞めようかと考える毎日でした。しかし、何かやりたいことがあったわけではなく担当指導官の「辞めるのは遠洋航海に行って世界を見てからでも遅くはないだろう」の言葉に従い海上自衛隊に進みました。

社会人時代

yonemori03

世界一周では開発途上国で必死に生きている人たちを見て自分にも何かやれそうだと力が湧いてきました。そして海上自衛隊にて約4年間勤務しました。幹部としての在り方や戦略論について学ぶとともに、大きな組織で働くことへの疑問を感じていました。

当時、縦社会への疑問を抱いていた私は民間企業にとても憧れていました。民間企業の研修に参加すると、自衛隊の上位下達のシステムとは全く逆のボトムアップという部下のアイデアを経営に活かし、品質を向上させるというマネジメントを取り入れていました。縦社会では自分のアイデアが生かされなと感じていた私には益々民間企業へのあこがれが増していきました。

yonemori04

そしてその後、当時、急成長をしていた(株)プレナス(Hotto Mottoの本部)に入社しました。そこでは、本当に伸び伸びと仕事をさせていただき、いろんな部署を経験しながら株式上場という貴重な体験をさせていただきました。

しかし当時の私は、コミュニケーションにコンプレックスを抱いていました。人事課長時代にはコミュニケーションは才能だと信じて採用や人材育成を行うとともに、さらにコミュニケーションにコンプレックスを抱くようになりました。

転機となった2003年

2003年に転機が訪れました。その年に人事企画部長に就任した私は、当時の課題であった人事制度の見直しに着手していました。その時、経営コンサルタントの提案書を見て「はっ」とさせられたのです。なんとそこにはコミュニケーションスキルと書いてあるではありませんか?私は、思わず、コンサルタントの方に「コミュニケーションスキル(技術)っていうことは学ぶことができるのですか?」と質問しました。するとそのコンサルタントは「はい、今コーチングというスキルを学んでいる企業がありますよ!!」という答えが返ってきました。

それからは、自分のコンプレックスを克服するためにコーチングを学び始めたのです。コーチングを学び大きく人生が変わり始めました。私は、サラリーマン時代、自分で言うのもなんですが、自分なりに一生懸命頑張っていました。そして幸運にも、一部上場企業の部長という社会的地位を得ることが出来ました。しかし、何とも言えないストレスを抱えていました。

そんな時にあるコーチからの一言が私の人生を劇的に変えたのです。その一言とは・・・・・・・・
「あなたの夢は何ですか?」という言葉でした。

当時の私には目の前の目標や会社の目標はあったのですが、本当に自分がやりたいことや目的がなかったのです。自分が一番考えなければならないことを全く考えていない自分に気が付いたのです。

頭を大きなハンマーで殴られたような気がしました。その時の衝撃は今でも忘れることができません。
その後、頭の中で「あなたの夢は何ですか?」という質問が、走馬灯のように頭の中をぐるぐるとまわり続けていたのです。あれから10年、私は、私の夢や目標の話に真剣に耳を傾けてくれる沢山のコーチや仲間に恵まれ、本当に充実した日々を送ることが出来るようになりました。

yonemori05

学習塾の設立

yonemori06
その翌年に学習塾の経営者として独立を果たすことが出来ました。私は元々塾には否定的な考えを持っていました。塾は画一的な指導を行うところだというイメージがあったからです。しかし、マンツーマンで教える塾なら生徒の個性も引き出すことが出来るし、私がいろんなコーチから影響を受けてきたことを生徒たちに伝えることが出来ると感じたのです。

自分の夢や目標をいつも考えて、それに一歩一歩近づいていく行動を起こしていく。これこそが自分が生まれてきた証なのだと感じています。今でこそ夢の話をするのが楽しくて仕方がない私も、今の状態になるまでにはかなりの時間と多くの人達の助けが必要でした。

夢を育んでいくためには、夢を聞いてくれる人の存在が必要なのです。私には幸いにもコーチがいました。そして、夢を育むことに共感してくれている仲間がいました。
私も、最初は「夢を語るのは恥ずかしい」「そんなことを言うと笑われるのではないか」「人に言って達成しなかったらどうしよう」「ほら吹きと思われる」等々、夢を語るのを妨げるいろんな思い込みがあったのです。

しかし、コーチや私の仲間たちが、「安心してしゃべって良いのですよ!!」「秘密は守りますよ!!」という強いメッセージを投げかけてくれました。そして信頼関係が生まれ、私に安心安全の環境を提供してくださったのです。

環境が整えばあとは繰り返すことが大切です。定期的にコーチングセッションを受けたり、セミナーに参加したりすることで、繰り返し、何度も何度も夢や目標を話していました。最初は全くイメージできなかった将来の夢が、繰り返し話をしているうちに次第に明確になっていきました。
明確になっていくにつれて仕事も楽しくなり、プライベートも充実してきたのです。そして、一歩一歩ですが着実に夢に向かって進んでいる実感が湧いてきています。

勉強も大切ですが自分の個性を知り、自分の夢について考えることはそれ以上に大切なことだと信じています。
この仕事を通して生徒の皆さんや従業員が夢を持って生き生きと頑張っていく、そのような環境を作る仕事に生きがいを感じています。